【LIVE 記者会見】山本太郎 代表 次期参院選 公認候補予定者発表(6月16日10時~ 東京都内)

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00:00:00 れいわ新選組山本太郎でございます。朝早くからというか10時ですけれども、足を運んでいただいてありがとうございますれいわ新選組の次期参議院選挙での東京選挙区、東京選挙区での候補者を発表させていただきます。
00:00:20 どのような方かということなんですけれども、もともと国会議員です。で逮捕されています。刑務所入ってます。その中でさまざまな問題に直面し、それを解決するということを、第2の人生を歩むということを決めた方ですね。法務省などと、さまざまな仕組みを変えていくということの先頭に立たれていた刑務所に入った人たちが社会復帰するのが非常に難しいというところをさまざま解決してきた。
00:00:52 数1000人に及ぶ人々の人生を支えてきたという方です。ご紹介いたしますれいわ新選組。次期参議院議員選挙の東京選挙区の候補者となります。公認候補者です。この方です。よろしくお願いいたします。はい、山本譲二と申します。
00:01:14 山本です。よろしくお願いいたします。
00:01:18 二人山本が並ぶってことで、ややこしいのでジョージさんとお呼びしたいと思います。というわけで、ジョージさんの方から皆さんにご挨拶をしていただくってことをこれからやっていきたいと思うんですけれども。すいません、いきなりついでなので少しお時間を取っていただいても結構ですよ。
00:01:35 大丈夫ですか?はい、それではよろしくお願いします。次期参議院議員選挙を新選組の東京選挙区で公認候補者となりました山本譲二でございます。
00:01:48 皆さん、おはようございます。本日はこの出馬会見にご参加をいただきまして、本当にありがとうございます。これより先は着座をして話を進めたいと思いますので、よろしくお願いいたします。改めまして、私は山本譲二と申します。ただいま山本代表より紹介のあったとおり、参議院東京選挙区0は新選組の候補予定者となったものでございます。
00:02:24 皆さんの中でご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、実は私、かつて国会議員として活動をしていた時期がございまして、議員歴としては東京都議会議員がスタートでございました。今から36年前、19えーと9年の東京都議会議員選挙、東京立川市選挙区ですね、当時一人区でございましたが、私は無所属、そして社会党、社民連推薦ということで出馬をし、当選をさせていただきました。
00:03:01 その年はその年というか、都議会議員選挙の2か月前に消費税が導入され、そしてその消費税が導入されたことによる市民というか都民の怒り、これを受けて私自身、一人区の立川市で勝ち抜いたと、そんな思いでその後の議員活動に臨みまして、その4年後、1993年都議選2期目の当選をいたしました。
00:03:35 それから1996年、これは初めて衆議院で小選挙区が導入された年でございまして、その選挙に東京21区という立川市、昭島市、日野市、この3市からなる選挙区、ここで小選挙区で当選をいたしました。その。3年後、19903990違いますと4年後ですね、2000年、2期目の衆議院選、また小選挙区で当選をさせていただいたんですが、選挙前から実は写真週刊誌等で私に対する秘書給与詐取事件というものが報道され、それでもう選挙は勝ったんですが、その後、東京地検特捜部からの呼び出し
00:04:33 を受け、結局取り調べを受け。わりとあっという間でしたね。2回目の取り調べで逮捕ということになりましたね。それで同時に私は衆議院を辞職したと。もともとですね、秘書給与詐取事件というのは、政策秘書に支払われ支払われる国からの給与、この政策、秘書名義貸しということで登録はしてたんですけど、そのお金を私設秘書の給与及び事務所経費に流用したと言うことで、それは詐欺罪にあたると。
00:05:13 まあこれは後ろ暗いところもありましたし、私はその時点ではっきりやりましたとやってました。と、いうことを認め、議員辞職をしました。裁判に臨むわけなんですが、その時はね。
00:05:32 先程申し上げましたようにね、史上最年少の26歳で東京都議会議員になり、その後4回の選挙、選挙のたびに票数を伸ばしての当選と、トップ当選ということで、まあね、当選を重ねるごとに周りからも持ち上げられるというかね、ちやほやされるようなことも多くなり、自分自身もなんとなくその自分を疑うことも少なくなって、いわば傲慢になってたんですね。
00:06:02 こういう気持ちが結局この事件を引き起こしたんだと言うことで、この事件自体は刑事司法刑法の詐欺罪という、その罪を犯したということも当然なんですが、それよりもね、自分の生き方そのものに対する警鐘かなということで裁判に臨んだ。それで1審の判決に従います。
00:06:30 ということで、最初から東京地裁の裁判に臨んだんですが、1審懲役1年6月の実刑判決ということで、弁護士は控訴をしたんですけど、私は控訴を取り下げて入国をすることにした。そこで私が収監されたのは、本格的な服役生活を送ったのが日本最大の初犯者の刑務所である栃木県の黒羽刑務所というとこですね。
00:06:59 これは3年前にもう入庁になりましたからね。この黒羽刑務所で非常に驚いたんです。反省させられたんですね。というのは、刑務所の中にいる人というのはね。私は勘違いしてましたよね。私の選挙区の近くに府中刑務所、あるいは医療刑務所なんかもあったんですが、刑務所に入る前っていうのは、あの部屋を見て感謝をしてましたね。
00:07:27 中にいる悪党から、私たちが住むこの町をあの部屋が守ってくれたんだ、ありがたいなと思ってたんですけど、中に入ってみてね、あの部屋の位置づけが1えーと0度変わった。中にいる人の多くはね。高齢者だったり、あるいはどう考えても知的な障害がある、あるいは精神に障害があるという人たちが数多くいたんですね。
00:07:55 そういう人たちのこれまでの人生を聞いてみるとね、実際、加害者となって刑務所に入ってきてるんですが、人生のほとんどを被害者として生きてきている。単にその加害行為をやられたということだけではなくて、生まれながらに知的障害とかそういうハンディキャップを負い、かつ貧困、そういうことが重なる中で、軽微な罪を犯すことによって、あの塀の中に冷たい社会、厳しい社会、すぐに差別をされる社会、生産性がないと言って蔑まれる社会からある意味非難をしてきてる。
00:08:32 あの塀の中で、それを法務省が保護してるというようなことが実態でしたね。まあですから、私は刑務所から1年2か月間で仮釈放で塀の外に出ましてね、実は刑務所の中で1年2か月間、延べ350人ぐらいの知的な障害のある人、精神に障害のある人、身体に障害のある人、聴覚障害者、視覚障害者、そういう人も含めて多くの障害のある人と、まあいわば世話係みたいなことを刑務作業として与えられたんですが、そんな中でね、本当にやっぱり反省をしました。
00:09:13 外に出るのが怖いと言いながら、自称行為を働く受刑者も出所前になったら必ず見られる。それだけこの社会というのが彼らにとって生きづらい世の中なのかと思いましてね。まあ、服役出所後は一つはね。内省を深めるという意味で書いた文章が獄窓記という名前で出版をされまして、それが新潮ドキュメント賞という文学賞を受賞し、なおかつあれは柳葉敏郎さんが主演になってテレビドラマ化もされたんですが、そういったことも含めてね、いろいろ法務省、あるいは厚生労働省もこの問題、塀の
00:09:59 中の、本来だったら福祉的な支援が必要な人たちの問題について少しずつ目を向けてくれだした。そんな中で私は、実は私の刑務所の仲間が出所前に入ってた東京都内の山奥にある知的障害者の入所更生施設というところで働きだしたんですね。
00:10:22 2年ちょっとそこで働いたんですが、その働く傍ら、厚生労働省あるいは法務省に足を運び、塀の中の実態というものを伝える中で、厚生労働省もいろいろと動いてくれましてね、厚生労働科学研究という研究班のメンバーにも研究員にもしてもらって、いろいろな提言をして、そんな提言をしながら、実は出所者のみならず、障害者あるいは生活困窮者といった人たちの支援をするためのNPOだとか、あるいは更生保護法人というものをつくって、実は刑務所の問題だけじゃなくて、若い人で例えば闇バイトに
00:11:02 誘われてしまう人、あるいは闇の組織に売春をいとも簡単に強要され、またそれを受けてしまうような女性の問題。こういう人たちの社会での社会生活をやる上での支援活動なんかも行ってきました。
00:11:23 それでですね、一人一人の。社会での生き方が改善するというかね、社会の中で初めて幸せをつかんでいく、そんな姿を見るだけでも本当に嬉しくてね。そういう活動を続けてたんですが、そうした折ですよ。6年前のれいわ新選組の旗揚げ時に山本代表から声をかけていただいた。
00:11:51 でも当時はですね、私自身、政治に関わるつもり、あるいは政治の世界に戻るつもりというのは全くなくて、今申し上げたような活動を地道に続けていくと、秘書給与流用事件というのが起こした人間ですし、15年前に、当時ですか、16、7年ぐらい前に罪を償ったとはいえね、私は社会の中で地道に生きていこうというような思いもありましてね。
00:12:20 山本代表には当時陰ながら応援してます。政策は素晴らしいと。まあ、そういうことだけを伝えて、失礼ながら面談の依頼にも応じませんでした。まあ、そんな中でですね、その後も定期的に本を出したり、あるいはマスコミの皆さんの取材を受けたり、さらには講演活動といった情報発信活動を通じて、少しずつ行政も動いて、目に見えて動いてきているということでね。
00:12:55 それなりに充実感は覚えてたんですが、しかし実は一向に改善していなかったんですね。焼け石に水というか、一人一人の人たちを救っていっても、次から次に刑務所の中に入ってくる障害者、あるいは認知症を患った高齢者の人、あるいは次から次に闇の組織にリクルートされる、それこそ被虐待児、貧困状態も含めてね。
00:13:25 そういう人達がどんどんどんどん増えていって、改善してるどころか、ますます過酷な状態になっていると。これは要するに、私が取り組んでる問題というのは、単にその福祉政策の見直しだとか、刑事司法の見直しといった域にとどまるわけではなくて、国のあり方、社会のあり方そのものを変えていかなくてはならないんだと、そういう思いを強くしたんですね。
00:13:54 そんな矢先ですよ。今から3年前の頃なんかなんですかね、突然全身に激痛が走りまして、全く動くこともできなくなったんですね。でも、洞穴の中でね、近くの総合病院に行っても初心者を受け付けないって言うんですね。だから2ヶ月ぐらいほとんど寝れない夜。
00:14:17 私ね、身長1えーと0センチあるんですけどね、60キロ切るぐらいの体重になりましたね。は大変だと。それで、その近くの町医者さんに紹介をされて、大きな病院に行ったんですけど、そうしましたらね、死ぬよと。このままだったら、いろんな検査をしたら、要は前立腺癌が全身に転移し、診察名としては多発性リンパ節転移、多発性骨転移ということで、実際にあるみたいな。
00:14:49 その骨シンチって、その機械に入ったら全身に全身の骨に癌が転移してましてね。医者は今後は重たいものを持たないで安静しててくださいと。その重たいものっていうのはどんなもんですかって言った。ハードカバーの本を持つだけで駄目かもしれませんぐらいのことを言われましてね。
00:15:09 いよいよもう寿命は尽きたかなと思ったんですが、いや、実は幸いにしてね、その後の治療及び薬によってみるみる回復をして、今ではね、体から癌が消えちゃったんですよ。まあ、それでね、でも今でも投薬治療は受けてるんですけどね、薬が効いてるんだと思うんです。
00:15:34 それも高額療養費制度。そんな高額って言っても50万も100万も慰謝料がかかってるわけじゃないんですけど、それ以内ですけど。でもそれは厳しいですよ、私なんかにとってはね。でもその高額医療費制度によって、なんとか投薬治療も受け続けてくることが可能になってると。
00:15:59 ただしね、やっぱりこの制度を受ける者として、やっぱりもちろんその感謝の気持ちと同時にね、なんとなくやっぱり申し訳なさみたいのを感じてたんですよね。税金でね。その医療費上乗せ分は払ってもらう。申し訳ないな、これで命をつないでもらってるんだと思ってた。
00:16:21 それがね。ところが今年に入り唐突に提案をされた高額療養費、療養費の負担増の問題ですよ。いや、まるでね、それはね。刃物を突き付けられたような恐怖を覚えましたね。いや、私もね。いや、これはもう投薬治療できなくなるなと。結局ね、政治というのはこうして有無も言わせずね、人の生きる権利を縮小縮小をさせたり、あるいは人によって剥奪したりしてるんだなと思いましたね。
00:16:54 私としては。初めにね、思ったのがね、ああ、俺ってもう惨めだなと思ったところがね、その後ふつふつと怒りが込み上げてきてね。自分のことはともかくとして、社会的弱者と呼ばれる人たちはみんないつもこうやってね、一方的にひどい目、こういう目に合わされてるんだなと。
00:17:15 自己責任という言葉のもとにね、なかなか反対の声も上げられないと、こういうことの繰り返しだと。そんな中でですよ、実はまたね、今年、山本代表に声をかけていただいたんですね。ずばり令和から選挙に出ないかという話で、はいと言いたかったんですけど、しばらく待ってくださいと。
00:17:41 いや、もうね、私の家族は懲り懲りなんですよ。選挙は東京地検特捜部がガサ入れに入ると、家族総出で立会しなきゃならなかったりね。写真週刊誌に追いかけ回されたりとか、何かね。それがトラウマみたいに残ってて、しばらくね、返事をもらえなかったんですが。
00:18:03 一つはね。やっぱり私の健康問題もあった。でも今の主治医に聞いたら私は太鼓判を押します。今の山本さんだったら。選挙は大丈夫ですよ。政治活動もやれると思いますとことを力強く宣言をしていただきましてね。そこで山本代表にやりますという返事をしたわけですね。
00:18:28 これはね。そん時思い浮かんだのが、生きているだけで価値のある社会ということですよ。これはよくね、山本代表が口にされる言葉でね、私自身も全く同感で、政治というのはやはりそういう社会を作っていかなくてはならないと常々考えていた。
00:18:45 それを実現するためには何をすべきか。その選択は簡単でした。自分に残された命というのは決して長くはないと思いますね。10年ぐらいじゃないですかね。まあ、ここはやはりね、社会を変えるために命がけで頑張ろうと、そう思いました。
00:19:06 いろんなな人の顔が浮かんできましたね、刑務所に。本当にね、後悔をして、闇バイトに誘われて、なんでこんなことで刑務所に入ることになったんだろうか訳が分からないうちに、いろんな悪条件が重なって刑務所に入ってきている。しかし、出所後、なかなか厳しい社会が待っている。
00:19:31 そういう人だけじゃなくて、ハンディキャップを負った人とか、あるいは本当にね、ホームレス、ホームレス状態になって、水しか飲まずにね、結局餓死をしてしまう。あるいは日本の殺人事件というのは、実は実はね、私いろいろね、本を書くんで、いろいろ調査をした。
00:19:53 今の日本というのは、殺人事件の被害者の実は7人に一人が要介護者、介護を受ける60歳以上の人、または障害者なんですよ。そして、その人を殺めた、手を下したという人は、介護介助に疲れた。そういう人たちが最後まで最後まで頑張ったんですけども、やっぱり耐えられないということで身内を殺めてしまうと、その犯人と話したことありますけど、いやあ、頑張ったと。
00:20:35 周りの人には笑顔で頑張ってるよと言ってたと、そう言うんですけどね。笑顔を向けなくていいじゃないですか。苦しかったら苦しいって言えばいいじゃないですか。そういう社会じゃないんですよ。福祉は支えてくれないんですよ。貧困ですよ。
00:20:55 困窮者はどんどんどんどんさらに暮らしづらくなってる。この世の中、ぜひ変えたいと思います。この何と言うかな、貧困大国ですよ。あるいは弱者排斥大国日本。これをぜひ変えようと、そういう思いで、このたび東京選挙区に立候補するという決意を固めた次第です。死ぬ気で挑戦をして、絶対にこの東京中央区で0。
00:21:24 えーとの票を獲得してみせますということで、少し長くなりましたが、私が出馬するにする決意をするに至った経緯及びその思いの一端を述べさせていただきました。どうもご清聴ありがとうございました。
00:21:42 ありがとうございます。山本譲二本人からの思いといいますか、これまでの自分の人生であったりとか、そしてこれからに向けての言葉というものをいただきました。まさに刑務所というのは社会の縮図だと。刑務所の中にあるもの、その問題というのは事実、一般社会においても問題であり、まるで社会の映し鏡というところが刑務所で、その刑務所という場所は最後のセーフティーネットにもなっていると。
00:22:11 福祉という非常に脆弱なもので、そこで救われない人たちがその刑務所という中で暮らしを続けているというところからどうやって社会復帰をしていきますかということを、出所後ですね、そのお手伝いをさまざましてきたという方が山本譲二さんでございます。
00:22:29 ちなみに、5面プロフィールの6枚目ぐらいとか、出してくれるんですけれども、出所後ということで、いただいたプロフィール、どういうことをやってきたかって、こここっち見た方が早いかもしれないな。山崎ジョージさんという、なんとややこしいことをしていたら変わりますから。済みません。2004年から21年間、受刑者の社会復帰支援活動をされてきた。
00:22:53 社会復帰、生活支援をした方々は2000人以上に及ぶと。その後はもう皆さんご存じの通り、作家としても様々な著書がある。ドキュメントショー、新潮ドキュメント賞なども受賞されたりして、2009年に出版された累犯障害者という本があったんですけど、その本を私が初めての参議院議員の任期中にちょっと読むことがあって、それで感銘を受けたと。
00:23:21 この方にぜひレクなどをしていただきたいなという思いもあったんですけど、いつか自分が旗揚げする時には、こういう方にも入っていただきたいという思いが当時から芽生えていました。実際に旗揚げした時にも、お声がけというか、直接的に出ませんかってことは言ってはいないんですけれど、おそらく敏感にそういうことだろうってことを感じられたと思うんですね。
00:23:46 その時にはお会いすることがかなわなかったってことです。とにかくですね、刑務所の中ということで、障害者、高齢者の問題を社会に提起し続けるということをやっていきながら、実務的にも制度を支え続けてきた人なんです。2004年からは触法障害者についての勉強会、これは福祉関係者だったり、司法関係者に呼びかけて発足させたりとか、一方で八王子市内の知的障害者入所更生施設にて支援スタッフとして実際に働いてみて、作家活動をしながら、全国の福祉施設、矯正施設を訪ね
00:24:18 て調査研究なども行ってきたと。その後ですね、2006年以降は、罪を犯した障害者の地域生活に支援に関する研究という研究班とか立ち上げたりとか、日本社会福祉会、日本社会福祉士福祉士会のリーガルソーシャルワーク研究委員会を立ち上げ、厚生労働省、法務省など行政機関にも政策提言を繰り返すと。
00:24:43 それまでそういうことを行ってきた結果、どういうことが得られてきましたかってことなんですけれども、成果としては、矯正施設と福祉をつなぐコーディネート機関地域生活定着支援センターを厚生労働省予算で各都道府県に最低1か所設置させるってことも動かしてきた障害のある受刑者が矯正施設内でも障害者手帳を取得できるよう交付要件を緩和させると。
00:25:08 障害があるという状態で刑務所に入っているんだけれども、その刑務所に入っている状態で、もともとその手帳を持っていないって方も大勢いらっしゃるんですか。
00:25:17 最初にですね、実は法務省の方からこの問題を改善したいというんで、私が2006年に依頼をしたのは、本当は悉皆調査、全部調べてほしかったんですよ。超過剰収容の時期でね。サンプルをとっていろいろ調査をしたいというんで、全国の刑務所、主にね、府中刑務所をはじめ大規模施設ですね。
00:25:43 そこで刑務所に勤務する医者、精神科医及び心理機関ですね、当時、臨床心理士の資格を持った法務省職員が、知的障害があると、どう考えても知的障害があるという人たちをピックアップして、いろんな調査をしてもらった。最初に驚いたのは、410人をピックアップしてもらったんですけど、そのうち福祉とつながっていた。
00:26:10 要するに療育手帳という手帳を取得してたという人は20名ちょっと。6%に過ぎなかったんです。94%の人は生まれながらに知的障害があるにもかかわらず、日本の福祉はそうなんですよ。日本の知的障害者福祉はヨーロッパの中で最低限、要は高齢者福祉と同じように身体的な障害がある知的障害者にしか支援メニューが用意されてない。
00:26:37 したがって、軽度の知的障害者あるいは発達障害という人たちはなかなか福祉に行かない。福祉に手帳をとったとしても、その支援メニューがない。変にラベリングだけになってしまう。だから多分自立してるように一見見えても福祉との世話にならず、実は非常に孤立して、そしてもしかして排除されてるかもしれない。
00:27:02 その行き着く先が刑務所あるいは刑務所じゃなかったら、多分地域の中でゴミ屋敷を作ったり村を巻いたりしている。でも手帳を持ってないから障害者じゃない。単にだらしない人とか、根性ひん曲がった人みたいなことを思われて生きづらさを抱えてる。これはね、多分日本というのは世界でOECDの国々の中で一番障害、知的障害者が少ないことになってるんです。
00:27:30 だから予算も非常に少ない。スウェーデンなんかの対GDP比換算でいうと10分の1以下ぐらいですよ。だから、知的障害者の数が本来だったらプラス手帳を持ってない障害のある人、だから障害者とは思われてなくて、地域の中に生きている人っていうのは、多分250万から300万以上いるというのがこの国の実態です。
00:27:59 そういう人は生きづらさを抱えてるということですね。
00:28:02 ありがとうございます。刑務所内で障害を持たれた方というのはたくさんいらっしゃる。その中でも、そもそも手帳を持っていたという人は6%に過ぎないと。どれぐらいこの国の福祉の網の目というものがあるのかということの表れだとも思います。障害のある受刑者が矯正施設内でも障害者手帳を取得できるよう交付要件を緩和させたり、他にも出所者を引き受けた福祉事業者への支援費加算制度を導入させたり、全ての矯正施設に最低1名の福祉専門職を配置
00:28:35 させたり、他にも法務省管轄の更生保護施設出所後に行き場のない受刑者を受け入れる施設に法務省予算でソーシャルワーカーを配置させたり、検察庁に社会福祉アドバイザーを採用させたり、障害者が被疑者となった時点で福祉が介入する入り口支援を開始させたり、申し訳ないんですけど、特に東京選挙区というところにおいては、例えば若さが売りであったりとか、事実上見てくれが売りだったりとか、それを悪いとは言いません。
00:29:08 様々なアプローチがあっていいと思うんですけれども、私たち連合新選組としては、やはりここ東京ということに限っては、まずは即戦力、これまで支えてきたということを重視して、一番世間から見放され、そしてないものとされる、ある意味でバリアの中に隠されているような施設の中の改善を大々的にやられてこられた、コツコツとやられてきたという方を、やっぱり私たちは議員にしたいという思いで、東京選挙区は山本ジョージさんにお願いをしたというところでございます。
00:29:44 冒頭、私たちからの説明がちょっと長くなってしまいましたけれども、次は記者の皆さんからのご質問を受け付ける形にしましょうか。ご質問ある方は手を挙げてください。無ければ終了です。
00:30:01 読売新聞の甲と申します。先ほどの資料の中で、これまで手にした方が2000人というふうにあったんですけど、それはいろいろ実績が表示されていますが、その中での合計が2000人ということ、それとも何か団体とかの中を通してという個人です。
00:30:18 団体だと、例えばNPOだとか、そういう職員が携わった人も含めればもっといますけれど、個人的に社会復帰のお手伝いをする、あるいは、これは出所者だけでなくて、刑務所に行きそうな虞犯と言われるような人たちを刑務所に行かせない、そういう支援なんかも含めて、その付き合いというのは濃淡がありますけどね。
00:30:42 計2000名を超えているということです。はい。
00:30:46 あと細かいところなんですけど、お名前、今回、片仮名のジョージさんと表示されていますけれども、著書の名前とか漢字だったかとも思うんですけれども、この辺は。
00:30:57 著書は漢字で本名でやっています。昔、4基戦をやったときは平仮名のジョージでした。まあ、でもあの頃を分かったつもりになって、まあ偉そうにやってたなというような反省もありまして、それをリセットするというような思いもあり、片仮名ジョージにしました。
00:31:18 はい。片仮名のジョージで、例えば本を出版されたりとか、そういうことをされている。
00:31:23 ではないです。
00:31:25 何も珍しい話じゃないですよね。選挙の時に難しい漢字の場合には、名前を平仮名で開くとだったりとか、カタカナにするというのは当たり前の話なので。
00:31:36 名とかでそういうゲームじゃないけど、そういう名前で活動されているかと思います。
00:31:42 漢字が片仮名になりましたというだけです。ほかはいかがでしょうか。
00:31:51 朝日新聞の中山です。参院選に向けて、今までご自身が関わってきた福祉の分野以外で何か訴えていきたいことだったりとか、政策はありますか?
00:32:01 福祉はいろいろありますし、もう一つは最近のその大河原過去生の冤罪事件ありますよね。私もその刑事司法の1連の流れ、当事者として関わってきましたけど、やっぱりこれも世界中の中で非常に密室の中で行われるててる刑事司法ですよ。まずは人質司法と言われる勾留制度ですね。
00:32:23 これはおかしいですよね。警察が決めたら99%勾留決定し、その後ね、保釈もなかなか認められないという、こういう司法をぜひ変えていきたいと思っております。その他いろいろ矯正の問題とか多数あります。多分それを言い出したら50分じゃ済まないなという感じですね。はい。ですから、刑事司法の問題も、次の福祉、刑事司法その他ですね、あとは、これは新選組のマニフェストとダブるところがありますから、これはマニフェストができた段階でしっかりと政策として自分自身の政策としてまとめていきたいと思っております。
00:33:02 以前お話した時に、れいわ新選組の政策の中でどれか推せるものはありますか?的な会話をしたことあるんですけれども、奨学金、奨学金をチャラにするという部分、これに関してジョージさんの方からこれはいいというお話をいただいたんですけど、何かそこには意味があるんですか。
00:33:21 3年前、検査を受けた後ですね、体の具合が悪くなって、そこで妻と子供と一緒にステージ上のがんの告知を医者から受けたんですが、その次の週に息子は大学を辞めました。というのは、奨学金をもらえばいいじゃないと。
00:33:47 ただ、私ももう生きていけるかどうかわからないんで、無責任にそれは強くは言えなかった。自分の判断で半年後に、1週間後に大学に退学届けを出してきましたね。でも本当は奨学金を受けてほしかった。特例というものに対して、これは実際に払ってる人と比べて不公平じゃないかというような意見がありますけど、人生こんなに不公平なのかということをこれまでの活動の中で本当に痛感してきたんですよ。
00:34:23 親ガチャという言葉がありますけど、生まれながらに貧困な家庭の中に生まれた。それが。
00:34:32 運良く高給取り、高給を取れるような会社に就職した人はいいかもしれないけど、やっぱり就職氷河期だとか、あるいは何らかの他の他の家族、私のところの家族が思いもよらぬような状況になって。
00:34:58 変更になってしまうというような、その状況、立たされた状況自体が不公平なんでね。そこは一回ちゃんと逆に公平に戻すのがこの特例制度だと思っております。
00:35:12 ありがとうございます。ご自身の経験と社会を見た時に、政策の失敗、ある意味で教育の負担を個人やその家族にのしかかるような方法ではなくて、どの家に生まれようとも、そのような形で教育を受ける権利があるというような状況をおそらく望まれているんだろうということだと思います。
00:35:32 いかがでしょうか。他は、ご質問があれば。
00:35:39 時事通信の川上と申します。ジョージさんのこれまでの所属政党の遍歴といいますか、その辺について伺いたいんですけれども、主に国会議員としては旧民主党に所属されていたと存じ上げているのですけれども、たしかその後、除名処分とか。
00:35:56 除名処分を受けた政党はもうなくなったようですから、回復はできないみたいですけどね。まあいいんですけど。ああ、そうだ、一番最初に菅直人の秘書をやった時に、社民連という政党にちょこっと所属したことがあります。ただし、都議選に出るに当たって無所属になって、それは離党し、その後、民主党結党と同時に結党メンバーとして参加をしましたから、辞表じゃなくて辞表はお預かりになって除名でしたね。
00:36:33 そこまで民主党という政党に所属しておりました。
00:36:39 が、いかがでしょうか。
00:36:47 フランスの及川と申します。ジョージさんの文章は新潮45でよく拝読していて感銘を受けておりましたけれども、25年ぶりに選挙ということですけども、戦い方というか。
00:37:14 四半世紀経っているわけですけども、どういうような訴え。
00:37:23 選挙戦をしていくのか伺えればと思います。
00:37:28 はい。それはもう愚直に、今言ったようなことを正面から訴えるということで、逆に今はね、他の政党を見てると、枝野氏が言ったように、減税、ポピュリズムは別のところに行って、面だけじゃなくて、今言われた立憲民主党の議員だけじゃなくて、他の生徒もみんなポピュリズムじゃないですか。
00:37:49 選挙前になるとね、減税、減税なんてにわかに言いだすと、やっぱりそういう政治ってやめにしようよね。あの、ちゃんと自分の思っていることを、票を欲しさだけじゃなくて、やっぱりこの間取り組んできたことから感じる、今の日本に対する思い、あるいはどういう政策をやりたいかということを正面から愚直に訴えていきたいと思っておりますが、ただね、感心しましたね。
00:38:18 この間、いろいろ令和の皆さんとね、話をしてる中でやった僕らってすごい古い選挙をやってたもガチガチで、やっぱりずっと私は小選挙区で当選する自信があったっていうのは、それはね、妻は何万軒も戸別訪問をノルマで課せられてやってましたよね。
00:38:37 ミニ集会を何回もこなしとかね。そういうドブ板みたいなことやってましたけど、多分もしかしたらボランティアの皆さんはドブ板をやられてるのかもしれないですね。そういうまさにお金のかからない選挙、それを地で行ってるというか、一つなのかな、こういう政党ってね、やっぱり。
00:38:59 からその辺はちょっと僕は今後選挙戦に入る中で実は楽しみにしてんです。多分これまでとそういう意味では違う選挙になるなと。ただ、自分自身は愚直に訴えるのみだと思っています。
00:39:14 他はいかがでしょうか。
00:39:21 ありがとうござい。毎日新聞のクリスですね、します。日本を変えていきたいというふうに先程訴えていたんですけれども、具体的にはどのような政策をやっていきたいと思っておりますでしょうか。
00:39:37 やっぱりどんどんどんどん。なんというかな、富の格差が開いていっている。そんな中でね、一つはどんな社会だか、そこが大事だと思うんですよ。例えば、他の政党が消費税減税を謳っている。廃止までは言ってないのかもしれないけど、じゃあその先何を目指すのかっていうところが多分ないんですよ。
00:40:04 ですから、私は民主党という政党に入って、やっぱりどこかで感じてたというのは、その立脚するところが当時の政党はみんな生産点に目を向けてた。資本側あるいは労働側と言っても、実は労働組合というわけではなくて、労働組合の幹部に目を向けていた。
00:40:30 結局、そういう既得権益者だけが潤ってしまうような政治。その中であたかも臭いものには蓋みたいな感じでね、貧困層を隠していた。そういう社会をね、是非正していきたいし、そのためのセーフティーネットをきちんと張っていきたい。そういう社会ですね。だからそれと本当に生きる社会ですよ。
00:40:56 死ななくていい社会ですよ。みんなでそこは支え合いましょうよね。その、なんというか、あたかも。いくらお金を稼いだのが偉いみたいなね、そういうプライオリティーだけでものを考えるような社会はやめにしましょうと。じゃなくても、それぞれがね。多分。
00:41:24 仕事だけじゃなくて、役に立つところはたくさんありますね。そういうのも見出していけるような社会にしたいと思っております。
00:41:35 が、いかがでしょうか。大丈夫です。
00:41:39 か?はい、よろしくお願いします。日経新聞の小山と申します。山本ジョージさんが唱えていらっしゃる福祉であったりとか、司法の改革というのは全国的に影響があるかと思いますけれども、今回、東京選挙から立候補するにあたって、それらの政策を東京から訴えることについての意義について一言お願い。
00:41:58 できますか。例えば、今、都議選の最中だからこれは訴えたいんですけど、東京というのはある意味非常に排他的なところですね。さっき言った、例えば障害者の数って、障害者手帳というのは地方自治体が発行するわけですね。審査をして、東京都って本当に本当に日本全国平均でいうと、全人口の9%が知的障害者と認定をされている。
00:42:25 欧米では3%なんですけど、全人口のスウェーデンだと5%ぐらいになるんですけど、0。9%なんだけど、東京は0。6%ぐらいなんですよ。
00:42:39 要は、あの、非常に本当はそういう生きづらさを抱える、生き、生きる力が弱い人がいるのを、多分分かんないわけないんですけど、見て見ぬふりをしてる行政。それでもって全然ね、大規模開発だから、そういうところにはジャブジャブ、ジャブジャブ、お金を注ぎ込んでしまうと。
00:43:03 ですから、その地域生活定着支援センターというのは、厚生労働省が提案をし、厚生労働省の予算で設置をしたんですが、実は福祉ですから、地方自治体が運営主体になってほしいということで、各都道府県に委託された事業になってるんですね。私、何回も東京都に話しに行きましたけど、しらっとしてましたよ。
00:43:26 年越し派遣村の最大になるんじゃないですか。匿名性の高いこの東京という都市部に、日本全国から犯罪を犯した知的障害者、精神障害者、それをまるでモンスターみたいな言い方をしましたよねがうじゃうじゃやってくるじゃないですか。一番オープンは。最後は大阪だったかな。
00:43:48 東京も非常に遅かった。後ろ向きでしたね。だから非常に冷たい都政だと思います。ですから、そこで戦いたいとも思いましたね。はい。
00:44:00 もちろん、山本さんの激動の人生ってことを考えるならば、これまで取り組んできたテーマというのは刑務所の中ということですけれども、これはやっぱり一般社会と映し鏡だってことですね。だから、刑務所に特化したことをやりたくて手を挙げたわけではないと。
00:44:18 履行するわけじゃないんですよ。やはりこの社会の縮図と言われる刑務所というところから、やっぱり社会の問題点というものをやっぱり解決していくために本をどう正していくかという部分であったり、どう変えていくかってことにチャレンジしていくということだと思います。
00:44:33 それはやっぱりしっかりとした厚いセーフティーネットを作っていきながら、誰もが不安がなく生きられるということを目指していくことなんだろうと。今の多くの人々が将来に不安しかないじゃないですか。こんな無茶苦茶な国はないですよ。はっきり言ったら。
00:44:49 先進国の中で。そう考えた時に、やっぱりそういったものをしっかりとこれから作っていこうということをすごく大きなビジョンを持って取り組まれていることだというふうに思います。済みません、他はいかがでしょうか。
00:45:05 大丈夫ですか。刑務所の飯は臭いと聞いたけど、本当に臭いのかとか、そういう質問でもいいんですよ。どうなんですか?
00:45:13 実はですね、たまにイベントなんかの時に銀シャリ、要は白米が出るんですけど、白米はね。すごく古いお米でね、バクシャリの方がうまいですよ。麦飯ですね。普段の麦飯の方がおいしいくらいに。
00:45:31 なるほど。一番のご馳走なんだったんですか。
00:45:34 いやあのね、それぞれの刑務所によってですね、名物があって、私が行った時の黒羽刑務所っていうのは、茹で小豆ですよ。茹で小豆。要はぜんざいに餅が入ってないというやつ。要はどうしても甘いものに飢えちゃうんですね。ですから、あれにコッペパンをつけて食べるっていうのが楽しみでね。
00:45:56 でもね、カミさんが面会に来ると言うんですよ。ここの刑務所のご飯と臭い飯って言うから、口に合わないんじゃない?って。でも僕は本当ここ美味いよって。でも1ヶ月に一回ぐらい面会に来るたびに、僕は痩せてる。でも健康な痩せ方なんです。
00:46:12 1ヶ月に1キロ、2キロぐらいですからね。ですから、そのゆであずきがね、本当に好きだった。だからね、僕が刑務所から出る前にね、ちゃんと献立作ってたんですね、カミさんはね。1週間、2週間、1ヶ月、毎日何を食べさせた方がいいか。最初は生物は一切なしで。
00:46:30 それからね、精1週間に一回必ず洗剤があってね。ところがね、もともと私、洗剤嫌いだったんですよ。で、やっぱり刑務所から出たらやっぱりあんまり食べたくないっていうんで、まだ食べたことないですね。
00:46:44 なるほどんだろう。入院した後にコンビニのサンドイッチ食べたら涙を流すみたいな、そういう話ですね。
00:46:54 そうそう、ほんと。ただやっぱりね、刑務所の中っていうのは本当に得難い体験ですよ。それはある意味、法律によって人権を制限させられ、一挙手一投足を監視をされる、いわば人権のない世界ですよ。ですから自由もない。だから、いくら刑務所の中で、三食それなりに甘いものを食べても、外の自由な世界のもので質素なものでもいい。
00:47:23 食べたらどれだけ美味しいか、そういう経験は有してるっていうのは人生にとってプラスだなと思ったというのは、やっぱり社会の中で生きてりゃね、辛いことはあります。辛いことはありますけど、いわゆる人間としての存在を否定されたようなあの経験と比べたらまだマシだって思える経験ですね。
00:47:44 これはプラスになってますね。
00:47:45 今もありがとうございます。25年前の冒頭にね、元議員をやってたけれども、逮捕歴があり、そして刑務所にも入ったことがあるということを言いましたけれども、秘書給与詐取事件ということになるんですけれど、これは政策秘書というポジション、ここを空にしておいて、名義だけ借りてくると、名前が私、名義貸しの世界で、そこで浮いたお金を別の事務所スタッフの増強に充てるというのは申し訳ないんですけど、永田町では普通にやってたことなんですね。
00:48:15 これまでずっとずっと普通にあったことなんですよ。普通にやってたこと、ある意味で慣習とも言えるような部分でもあったと。全てではないけれども、そういうことをやっている人たちは多かったってことです。おそらく山本さんはそこを狙われたんだろうなって当然。
00:48:34 政治権力闘争ですから、ある意味で追い落としたいライバルだったりということがあるならば、そういうところを狙われて、結局逮捕されるに至るということになったんですね。潰しに来られたのだろうってことだと思います。私の世代になってから、私が国会に入ってからも、政策秘書を誰にするかっていう面接で何人か直接お会いしたんですけど、2名ぐらいの方は給料の一部を個人的に寄付しましょうかとか、ボーナス分を寄付しましょうかってことで、秘書に
00:49:05 なりたいってことをアピールしてきた人がいるんですよね。だから昔とは形を変えた形で、今もそういうことが続いている可能性はあると思います。何が言いたいかってことですけど、山本さん自身は何一つ他のみんなもやってるじゃないかとか、そういう言い訳一切せずに、逆に言えば自分自身が素直に反省して実刑を受けるということで罪を償った方です。
00:49:30 そこから第2の人生が幕を開いた中での様々な不条理というものに対して、これはその刑期を終えてからも人生をかけて取り組んできた人、まさに実務家であり、そして私は改革者だと思っています。そのような方をこの東京から私は確実に国会に送り込むことが必要だと。
00:49:50 そして、これまでの政治の様々な汚いことだったりとか、庶民の味方みたいな顔をしている政党での中の裏の話とかもたくさんあると思うので、選挙戦を通じてですね、いろんな嫌な話、耳を塞ぎたくなるような民主党関係者かみたいな、そういう話も聞けたらいいなと個人的には期待しております。
00:50:10 というわけで、山本譲二でございます。ありがとうございます。4方さん、大丈夫です。最後に言い残したことないですか。
00:50:23 最近よくね。本当に死にたいって相談を受けたりするんですよ。本当にこの白い手で、その手でっていうのは、白い細い手でね、障害のある子どもの首に手を回したんだって。いや、そんな、いや、なんで?っていうと、障害があっても別に福祉の世話になれない。
00:50:52 要は発達障害療育の人でね。それを診断をしたがゆえに、保育園が全部入園を断ってきた。小学校まで保育園行けなくなった。その後、もう全然まともな教育なんか受けられないんではないかってね。いやー、こういうね、日本の社会って一体どうなのかと。
00:51:18 本当にいろんな支援をする中で、泣いたり怒ったり、一緒にね、そういうことをぜひね、今度はね、まともな感覚で政治に取り組んでいきたいと考えてますので、よろしくお願いいたします。
00:51:32 ありがとうございます。というわけで、会見は以上となりますけれども、この後何かしらあるんですよね。スタッフいいですか?じゃあそれを任せて。はい、ありがとうございます。では一旦終わらせていただきます。ありがとうございます。東京選挙区れいわ新選組の公認候補予定者でございます山本譲二じょうじ山本でございました。
00:51:54 ありがとうございます。
00:51:58 済みません、皆さんはもうバラしてください。関係ないです。中継をご覧くださっている方々に対してのお知らせをしたいと思います。れいわ新選組です。ありがとうございます令和。新選組が次期参議院選挙に向けて様々な活動をして、そして候補者を発表していっているところではあるんですけれども、ぜひ、もしあなたに余裕があるという方がいらっしゃったら、ぜひ応援をしていただきたいです。
00:52:26 すいません、ご寄付のお願いがございます。はい、ありがとうございます。簡単に生ある?そんなのここで皆さんバラしてくださいね。記者の方ははい、次期衆院選での寄付目標額、衆院選になってるね。ごめんなさいね。ちょっとちょっとこれどうしたらいい?
00:52:53 ごめんなさい、衆議院選の時と混ざっちゃってな。ちょっとやり直します。すいません。作り直してまたアプローチさせていただきます。何が言いたいかってことですけれども、例を。新選組は皆さんのお力によって数が増えてきたところでございます。で、一番最初はフルで皆さんのご寄付で回してきた選挙でしたけれども、そこをですね、自分たちの資金、そしてプラス皆さんからの。
00:53:22 支援によって支えていくという選挙に形が変わってきています。今回、どのようなことにどれぐらいのお金がかかり、そして私たちの現在使えるお金がどれくらいあるのかみたいなことを紹介していくところだったんですけれども、もう一度、すみません、一部更新されていないところがあるので、しっかりと更新をしてお伝えをしたいと思います。
00:53:43 ご無理のない範囲で。ワンコインでも結構です。みんなで積み重ねていって、今の壁を突破していくということをやっていきたいと思っております。また改めてそれではありがとうございました。

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